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デベロッパーの歴史とバブル


【不動産業界特集】デベロッパーの歴史編

「地図に残る仕事」として、不動産業界への就職を志望する方々の人気を集めるデベロッパー。 ですが、その人気ゆえに、イメージが先行してデベロッパーの実態が正しく理解されていない状況があります。そこで、本コンテンツでは、デベロッパーの実態の理解につながるコンテンツを提供していきます。 今回は、デベロッパーの歴史編と題して、戦後からバブル崩壊後までのデベロッパーについてご紹介します。 <目次> 1. 戦後復興に大きく貢献したデベロッパー 2. バブル期のデベロッパー 3. バブル崩壊後のデベロッパー 4. 番外編:バブルが生まれたキッカケと、崩壊のキッカケ

デベロッパーの歴史

1. 戦後復興に大きく貢献したデベロッパー

1-1. 戦後の状況 1945年(昭和20年)8月15日、第二次世界大戦がポツダム宣言の受諾、玉音放送により終結しました。この時、日本は度重なる空襲により、国土の多くが焦土と化しました。 一説によると、およそ6万4000ヘクタールが焼け野原となり、1500万人が家をなくしました。 1-2. デベロッパーに求められたこと 家もない、資材もない、食料もない。闇市が盛り上がり、インフレが続く社会で、デベロッパーには何が求められていたのでしょうか。それは、ゼロからの復興です。焦土となったこの土地に、経済の基盤となるインフラを作ることが求められました。 しかし、戦後当時は本当に資材がなく、建物を建てることなど程遠い状況だったそうです。そんな中、起こった出来事が朝鮮戦争です。 1−3. 朝鮮特需とデベロッパー 朝鮮戦争の際に、日本はアメリカの軍事的な拠点となっていました。日本から軍事物資及び食料や繊維・石油などの物資を輸送すると同時に、修理などのサービスを提供することで外貨を得ていたのです。 外貨を得る手段が出来たため、資材の調達ができるようになり、生産量を増やすための工場の建設や、工場に勤める労働者の居住地の建設などがものすごいスピードで進みました。 こういった景気の上向きに伴い、土地活用についても多くの選択肢が生まれてきました。デベロッパーが、より良い土地活用を考え、価値の高い土地利用を次々と世の中に提供していくことになったのもこの時代です。 例えば、1952年に戦後復興の象徴として「新丸の内ビル」が竣工され、世界に日本の復興をアピールすることになったことや、若者の街として今では知らない人がいない「渋谷」は東急電鉄が中心となり、東急百貨店や今のヒカリエに該当する東急文化会館が建てられ、街の様子が様変わりしました。 以降、キャッシュを得た日本は、20年間にわたり世界でも稀に見る『高度経済成長』を迎えます。その時代に大きなイベントとして起こったのが、東京オリンピックです。 1−4. 東京オリンピックとデベロッパー 東京オリンピックに向けた建設としては「新幹線」の開通がよく知られていると思いますが、他にも「東京タワー」「国立競技場 」「代々木競技場」「東京体育館」「日本武道館 」など、皆さんにとっても馴染み深い建物が多く建設されました。人々に新しい生活を提案した「マンション」という概念が登場したのもこの頃です。 オリンピックを始め、それ以降も日本経済は歴史上類を見ない好景気に支えられ、デベロッパーは役割を拡大していきます。戦後の戸建てやマンション事業から、テーマパークやショッピングモール、超大型商業ビルまで、デベロッパーの役割は広がり続けたのです。 1980年台に入ると「ららぽーと」や「東京ディズニーランド」「赤坂アークヒルズ」などが建設され、好景気の象徴を世界中に示すことになりました。

2. バブル期のデベロッパー

2−1. バブル期の到来 1980年代後半からは、日本はバブル期を迎えます。株や不動産の価格が今では想像が出来ないほど高騰していた時代です。マンションやホテルなどの不動産は買えば買うほどに儲かる状態であったため、再生が必要な地方のホテルや旅館までもが売れたそうです。 そんなバブル期においては、土地転がし(不動産を安く買い叩き高値で売るブローカー)や、不動産業界の知識に乏しい消費者がよく理解しないまま土地や建物を投機目的に購入・契約するプロセスが問題視されていました(今では、宅建業法等の法整備のおかげで、バブル期のような不動産売買取引は是正されつつあります)。 2−2. 新興デベロッパーの台頭 金融市場や不動産市場が盛り上が理続けるバブル期は、資金調達やマンション建設が容易に行える時代でした。 そんな時代背景に支えられて、新興デベロッパーが土地を買い集め、マンションを作り、販売し、借り入れたお金を返済する。銀行、ゼネコン、デベロッパーの結び付きが強く、市場を盛り上げるために関係が密接になっていたのもこの時期です。 この未曾有の好景気に支えられ、多くの新興デベロッパーが勃興、消費者に対してマンションを供給し続けました。

3. バブル崩壊後のデベロッパー

3−1. デベロッパーの苦境 建物を建てるための資金の借り入れがしやすく、消費者が購入しやすい環境から一変したのが、バブル崩壊後です。銀行はお金を貸さない。企業は(借り入れが出来ないため)事業投資が伸びない。伸びない事業が増えるため、労働者の給料やボーナスは縮小。そのため、消費も冷え込みました。 消費の中でも「大きな買い物」と言われるマンションや土地も当然ながら売れなくなり、多くの新興デベロッパーや、不動産仲介業者が倒産となりました。 大手デベロッパーも例外ではありません。不動産開発には時間がかかります。バブル前から着手し始めた大型マンション開発が販売のタイミングを前にしてバブル崩壊を迎えたため販売不振。会社の業績の大きな痛手になりました。 3−2. 生き残りを賭けたデベロッパーの基本戦略 デベロッパーが、この苦しい時期に生き残りをかけて行なってきたこと。その一つが「事業の多角化」です。事業の多角化という点では三菱地所の事業領域の広さを見るとわかりやすいでしょう。 ・賃貸事業 ・不動産販売 ・ホテル事業 ・ショッピング事業 ・レジャー事業 ・海外事業 ・設計管理事業 ・地域冷暖房事業 など、これだけ多くの事業を展開しています。 手堅く利益を出すために事業を行っていくことが大事だとされていた時期だからこそ“総合”デベロッパーという存在が生まれたとも推察できます。

4. 番外編:バブルが生まれたキッカケと、崩壊のキッカケ

日本の高度経済成長を支えたのは、朝鮮戦争で得たノウハウをベースにした製造業を中心とした貿易黒字です。 当時世界一のGDPを誇ったアメリカに対しても貿易収支は黒字。ドルの通貨価値が下がっているわけですからアメリカも黙ってはいません。1985年、彼らは一つのカードを切ります。それが「プラザ合意」です。 これは簡単に言うと、通貨価値の均質化をもたらすために複数国の間で協調して為替に介入していきましょうという合意です(一部、アメリカの財政赤字を解決するための手段だったのではないかという見解もあります)。 これまで貿易上は日本は円安で海外で製品が売れやすかったため問題なかったのですが、プラザ合意によって日銀が保有するドルを放出してからと言うもの、円高に歯止めが効かないほど民間のドルが売られ円が買われました。 結果、円高が進み日本の貿易が苦しくなりました。円高が進むと、一つの製品の日本円での売上が下がり、製造コストを圧迫するため利益率が下がります。原材料を仕入れ、加工し、輸出することで貿易黒字を出し、高度経済成長を成し遂げていた日本にとっては痛手です。 1ドル230円程度で取引されていたものが、プラザ合意発表当日だけで20円の円高となり、1年後には1ドル150円台で取引されるようになりました。 このままでは、日系企業が持たないと判断した日銀は、公定歩合を下げ、市場に対しての円の流通量を増やし、円高ドル安に対して手を打ちました。 すると、国内ではお金を借りやすい状況が生まれ、借りたお金で土地を買い、買った土地をすぐ転売するという状態になり、資産(不動産や株)のインフレがものすごい勢いで進んでいきます。バブル期の到来です。1991年には、1坪当たりの平均額が193万9035円となりました(2016年現在、1坪当たりの平均は52万9247円)。 すると、今度は政府と日銀が「不動産売買に関してはインフレが進みすぎているからお金は貸しません」「やはり、公定歩合をあげます」という、政策を実行しました。 日銀は日本全体の景気をコントロールする役割を担っており、なるべく景気を安定させることが機能として求められます。誰もが暮らしやすい国家にすべく、無限にお金が増え続けるような低い金利(公定歩合が低い状態)は辞め、金利を高めたのです。 これによって、銀行は日銀からお金を借りにくくなり、企業が銀行からお金を借りられなくなります。そのため、買い手がつかない不動産が市場に余り始めます。 市場に買い手の付かない不動産が出ると、銀行から借り入れていた投機目的のお金が返せなくなり、安くても良いからとりあえず売り払うような状態になっていきました。「土地は買えば確実に高く売れる」という神話の崩壊です。 バブル崩壊は、このようにして起こったのです。

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